マルクス主義批評家

 この場合、マルクス主義批評家は、厳密にその機能をはたさうと思へば、これ等の作品に対する評価をさし控へねばならぬ。そして厳密には批評家といふ立場をすてゝ、分析者としての立場にたゝねばならぬ。プレハノフやレーニンの「トルストイ」評には、多分に(全くではないが)分析者としての姿が現はれてゐる。若しこの場...

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政治的原理

 このことは多くの実際問題に関連してゐる。たとへば、政治的原理と芸術的原理とを同じ平面に並べて、双方に同じ価値をもたせようと企てるとき、そこに折衷的理論が生れる。ある作家の或る作品は、闘争的精神も、階級的イデオロギイも稀薄であるが、芸術品としては立派な作品であることがあり得る。だがこの場合、如何なる...

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性急な読者

 性急な読者は、私がこゝで、芸術作品の政治的価値を否定、若しくは減弱しようとする意図を抱いてゐるために、かういふ議論をするのだと考へるかも知れない。ところが、私の意図はその反対である。私は文学作品の政治的価値を正しく認識するために、そしてその重要性を立証するために、先づこれを芸術的価値から引きはなす...

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