人物評価の規準

 ところが実力といつても各人各様で、人物評価の規準といふものは時代により流行によつて変化する。陰謀政治家が崇拝せられる時期もあれば平凡な常識円満な事務家の手腕が謳歌せられる時期もある。家康がおのづから天下の副将軍などと許されるやうになつたのは、たまたま時代思潮が彼の如き性格をもとめるやうになつたので、彼は策を施さず、居ながらにして時代が彼を祭りあげて行つた。 当時の時代思潮は何かといへば、つまり平和を愛し一身の安穏和楽をもとめるやうになつたといふことだ。一般庶民が平和を愛するのはいつの世も変りはないが、槍一筋で立身出世をし、戦争を飯よりも愛した連中が戦争に疲れてきた。 日本の戦争は武士道の戦争だなどと考へると大きな間違ひで、日本の戦史は権謀術数の戦史である。同盟だの神明に誓つた血判などと紙の上の約束が三文の値打もなく踏みにじられ、昨日の味方は今日の敵、さうかと思ふと昨日の敵は今日の味方で、共通する利害をめぐつてただ無限の如く離合する。一身の利害のためには主を売り友を売り妻子を売り、掠奪暴行、盗賊野武士から身を起して天下を望むのが自然であるから時代の道徳も良識もその線に沿うてゐるのは自然である。 親類縁者といへども信用できず、又、信用してをらず、常時八方に間者を派し、秘密外交、術策、陰謀は日常茶飯事だ。ルールといふものはなく、ルールといふものがありとすれば、力量や器量にまかせて何をやつてでも勝てば良い、勝つた者に全ての正義があるといふルールなのである。力量に自信ある者、野心家、夢想児にとつて、力づくの人生は面白い遊戯場だ。ところが力にも限度があつて、昨日の大関、関脇などが幕下へ落ち遂には三段目へ落ちて引退するといふやうなことにもなり、限度は力業《ちからわざ》には限らない。智力にも限度があり年齢があるものだ。気力とてもさうである。

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